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自然石


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  近所の段々畑です。

  今となっては、都市部でこのように自然石だけで形造られたものを見かけることは、

 難しくなりました。

  一方、欧州の街並みが美しいのは、この自然石が至るところに使われているのも、

 理由の一つではないでしょうか。パリやローマなどの大都市でもそれを見ることが

 できます。

  石の文化圏である欧州の家の壁、庭の擁壁、花壇の土留め、道路など、

 気候や風土、文化の違いがあるとは言え、安易にコンクリートやブロック、

 アスファルトに頼らないところに「粋」を感じます。

  しかし我が国でもこの写真のような風景は、つい30年前までは日本中、至る所に

 あったのではないでしょうか。


  石の擁壁は周囲の自然と調和して、素晴らしい景観、そして土留めとしての機能を

 立派に果たしています。

 

 
  

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  近くに寄って見ると、コンクリートを使わずに、石だけで造った石積み職人の高い技術、

 長い年月を経て風化し、味わいと渋みのある色合い、削られながらも一つ一つ個性の

 ある形、など、見ているとても楽しくなります。


  

   私たちがヨーロッパの田舎の石の街並みに憧れを抱くように、彼ら西洋人は

 日本に来たとき、東洋の「木」の建造物を羨望の眼差しで見ているのかもしれません。


   意外にも無垢材の純粋な日本建築と自然石で出来た素晴らしい建造物が、

 私たちの身の周りにも有ります。

  「神社」と「お寺」です。


  オススメは田舎。それも古くて小さい神社や寺に、時折、ハッとするほど荘厳な

 東洋の美が存在します、自然石の階段を上っていくと・・・。


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2008年04月29日

小麦畑


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  良く晴れた日の4月下旬の小麦畑を眺めれば、「春のそよ風」という聞き慣れた言葉も、

 深い実感をもって、味わうことができるかもしれません。


  4月のやわらかい、かすかな微風がそよぐだけで、繊細な穂は揺れ、

小麦畑は波を打ちます。

 

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  ところで現在、小麦の国際価格は歯止めが効かないほど高騰しています。

 また、輸入小麦は安全性への疑念からか、国産小麦の需要は急激に高まり

 つつあります。

 

   しかし、国産小麦は意外に実用性に乏しく、例えばグルテンが少なくパンには向かなか

 たり、品種が異なるためデュラム小麦のようにパスタにもできません。


   加えて、小麦に関する食管法は廃止の方向に向かっており、近い将来、

 保護が外れることで、小麦生産農家の減少は必至といわれています。


   それでも、この美しい緑を何とか未来に残したいものです。

   これからも日本の味噌(大麦)、うどんの原料は、国産の麦であって欲しいものです。

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2008年04月26日

石積み


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 「若い」石が運び込まれ、段々と重ねられていきます。

 いかにも、よそ者といった、その土地にまだ馴染んでいない、初々しさがあります。

 

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  しかし、ここで風雪に耐え、陽に焼け、苔が生える頃には、きっとこの風景に

 溶け込んでいることでしょう。

  私は、段々畑によくある年季の入った石積み、灰色の味わいが、いかにも日本的で、

 大好きです。

  そんな色合いになる頃には、ここに建つレストランも、「若さ」から脱皮している

 はず? です。

 
  

  

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2008年04月25日

しょうゆ


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  マネジメントという言葉・概念を生み出した、20世紀の社会科学/経営学者・

 P・F・ドラッカーの格言に『大きな成功をもたらす物は、驚くほど単純である』

 という内容のものがあります。


  つまり、大ヒット商品は、極めて単純で、その使用目的がはっきりとしていて、

 誰でも扱える。複雑なもの、凝りすぎているもの、焦点がぼけているものは、

 市場から拒絶される、という意味合いです。

  そして、これは全くをもって、しょうゆのことだ、と私はワサビを手に取りながら、

 ふと、目の前にある『しょうゆ』を見つめました。

  しょうゆは、誰でも使えて、何にでも合う。どんな料理、素材にも適合できる。

 料理にかけるだけ、保存も保管も簡単で、技術も火も鍋も要りません。

 

  それでいて、ワサビのような強烈な個性を大限に引き出しつつも、
 
 自らを失うこともない、最上級の優れものです。
 


 

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    醤(ひしほ)は世界各地にたくさんあります。魚醤、肉醤、穀醤。

   大豆、小麦で造る醤油は、穀醤にあたります。


    中国では醤(ジャン)といいます。


   しょうゆは、中国の寺院で生まれ、それを日本から来た僧侶が

  持ち帰りました。同様なものとして、味噌もあります。


   しょうゆ、味噌は東洋哲学の陰陽を応用した宇宙原理に基づく

  最高判断の食だといえます。1,000年近い年月を経た現在でも、

  日々の暮らしの中に当たり前のように存在している奇跡的な加工食です。


   恐らく、今の科学文明では、これに比類するような食を生み出すことは
 
  できないでしょう。


    食べ物の良し悪しを、簡単に見分ける方法を紹介します。


    ?365日食べ続けることが出来る食が、最も身体に良い食です。
   
    逆もまた然り。1週間どころか3日も続けて食べたくないもの(美食)は、

    その対極に位置します。


    ?口に入れたとき、噛めば噛むほど、不味くなるものほど、身体に悪いものです。

     逆に、100回でも150回でも、噛めば噛むほど、美味しく感じるものほど、

    身体にも良いものです。

      しょうゆは、365日どころか、日本人から1,000年に渡って食される、

    最大級のヒット商品となりました。


      また、穀類である豆や玄米、麦は、噛めば噛むほど美味しくなります。

      特に玄米は100回以上噛み続けると、グッと味を増します。

   


  
 

 

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2008年04月21日

わさび


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  五年ものの完熟梅干を仕入れに行く途中、熊本県との県境の旧中津江村の店頭に

 「根わさび」がありました。わさび栽培は、トリプルAクラスの自然環境を必要

 とします。わさび栽培=有機的な世界、なのです。絶え間ない湧水と冷涼な気候、

 緑の葉が湿潤な地を覆う、そんなワサビ畑が目に浮かんできました。

  根わさびが出るのはこの時期、春先だけです。迷わず購入し、日頃なかなか味わえ

 ない生わさびを堪能できるシアワセに気持ちは高まり、一方、さて、生わさびに相応しい

 料理は何なのか考えを巡らせながら、車を走らせました。
 

 


  とりあえず今回は魚以外のものを、ということで、刺身という選択肢は消えました。

  思いつくまま?わさび茶漬け ?ワサビの和風パスタ ?ざるそば

  と決め、帰って早速、昼飯がわりに調理に入りました。


  ?わさび茶漬けは、葉わさびを刻んでご飯にのせ、だし汁をかけ、十分過ぎる

 ほどのワサビを摩り下ろし、頂く。さすが、生わさび!これは、旨い。

  ?のパスタ。しょうゆ、純正バター、オリーブ油、ガーリックにワサビを刻んで

   入れるも、完全にワサビの風味が消えて、目的を果たせず。

  ?ざるそば。素晴らしいの一言。蕎麦、そばつゆ、薬味・ワサビという組み合わせは

  は今更ながら、身体に良くて美味しい、日本料理の傑作です。


  ざるそばを食べるときは、いつも日本料理の完成度の高さにため息が出ます。

  
  ざるそばの歴史は知りませんが、おそらく、いや間違いなく僧侶が生み出した

  ものでしょう。寺院から生まれたものは、数百年の歴史に耐えうるものばかりです。

  そして、ワサビを扱って気付いたこと。改めて「しょうゆ」は凄い!つづく

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2008年04月19日

セリ@ローカルマーケット


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  別の用件で立ち寄った地元の農協系の小さな八百屋の陳列棚を眺めていると片隅に

 野生の『セリ』があるのを発見。

 100円だったので、即購入。このような逸品が季節ごとに出てくるのが、

 いかにもローカル・マーケットらしい。

  野山で自生している朝採れの野草をいただく絶好の機会を得ました。

  ところで、セリとはハーブの一種で、苦味、香りがあるのですが、βーカロテン、

 カルシウム、ビタミン各種が豊富で、天然ものは素晴らしく身体に良いのです。

 血圧の高い人、肌が荒れている人、冷症の人のは最適です。

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 早速、私のテキトー料理(わずか3分30秒)で即興の『野のセリ・スープ』をつくりました。

 ?鍋で湯を300ccほど沸かし、かつお節粉末を少々入れる。

 ?煮立ったら弱火にして、黒ごま油を小さじ2弱、自然塩で味を調えながら、

 ざく切りにしたセリを落として、ひと煮立ちすると出来上がり。

 最後にブラック・ペッパーを振る。


 ※(ちょっとしたコクの出すのにカツオ粉末は大変便利です。とにかく風味!

  この感じはグルタミン酸系の化学調味料には絶対に出せない!)


   手前みそになりますが、スープはシンプルながらとても美味しかったです。

  セリの苦味、香りと黒ゴマ油のまろやかさが重なり合って、塩と黒コショウで味が締まる。

   私は、毎日、黒ゴマ油と自然塩を摂ることを日課としているのですが、このスープで

  本日もノルマ達成です。

  セリのような香りの強い香草は、もともと好きではなかったのですが、ベトナムに何度か

 行く機会があって、最初は苦手だった香草をふんだんに使った料理を食べ続けていく

 うちに、次第に独特の香りと苦味の世界に引き込まれていきました。

 しかし何故あの苦味、強い香りに惹かれるのか?一度、考えたことがあります。
 


   結論。記憶をたどると、どうやら食べたあと、身体の中が気持ちいい感じがする、
  
  そんな印象が何度か残っています。

   おそらく無意識のうちに、その感覚を求めているのでは?

  人間の食欲とは、実に巧妙に出来ているのかもしれません。

   是非、一度お試しください。

 

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2008年04月17日

森へ


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 畑から約2km、知人の所有する森へ。

 許可を得て、畑に入れる微生物と腐葉土、落ち葉を集めにやってきました。

 微生物を使った農法は、EM菌などいろいろありますが、私は土着の微生物、

 つまり塚原高原なら塚原に自生している微生物が最も自然であると いう考え

 があり、このやり方を行っています。

 また、生態系を変えない、環境負荷のない農を実践したいという思いもあります。


 日本中どこでも、その土地独自の微生物が、もっとも多い場所は、雑木林の落ち葉の

 下です。少々の腐葉土を運んだだけで、天文学的な数の微生物が私の畑に引っ越し

 たことになります。おそらく何兆個×何兆個というほどの数に相当するはずです。


 土壌の世界は、地球上で最大量の生命を有する場なのです。


 


 ところで、森の中、山の中、緑の中を歩くとなぜ、心が安らぎ、心地よい気分に

 なるのでしょう?

 人類は、わずか数千年前まで森で生活していました。

 私たちのルーツは、森にあります。

 記憶はなくとも、遺伝子には、その体験がしっかりと組み込まれているのでしょう。

 感覚器官は反応します。

 『樹の匂い、濃密な氣、地を踏んだときの軟らかい感触、鳥のさえずり、虫の音・・。

 久しぶりだ、懐かしい所へ帰ってきたぞ!』

 

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2008年04月12日

完熟たい肥


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完熟した落ち葉たい肥を、畑に入れました。

 土に自作の100%天然の有機肥料を加えます。


 土はすべての生命の母体です。土無くして、存在できる生命は地球にはありません。

 どのような土を造るかは、どのような生命を造るかということになります。

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 さて、ゆうど有機菜園は私の家族と未来のお客様の生命を預かることになります。

 私たちよりもはるかに儚い生命体である微生物が、溢れんばかりに繁殖できる

 ような畑が私の理想です。その微生物が野菜を育ててくれます。


 そのためには、立派な野菜をつくるためのものではなく、顕微鏡でしか見えない

 くらいの小さな生命体が望むもの、それを土に入れていかなければなりません。


 完熟した落ち葉、黒ごまの搾り粕、有機の米ぬか、雑草。これらを混ぜ、発酵

 させた、 この完熟たい肥は、たいへんなご馳走といえます。

 微生物にとっては。

 

 

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2008年04月11日

青空の美術館


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  黄の迫力に圧倒され、暫し見とれてしましました。

  ゴッホの作品を見ているような、ぜいたくな一瞬を味合わせて

  いただいた自然界に感謝。

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  そして、黄を映えさせている緑は、仏のように大きな存在・・、

  に思えます。


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2008年04月10日

原野に新大陸?


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  先週、千載一遇の機会を得ました。あまりの石の多さに、行き詰まりをみせていた

 原野開拓(畑造り)ですが、丁度この付近で公共工事業(橋の建設)が始まり、

 それに伴って、(建設工事により)小さな田んぼが削られるという情報を得ました。



 それが何故、千載一遇の機会なのかというと、このような小さな集落にはまず、

公共事業は何年に一度ぐらいの割合でしかありません。まして田んぼが削られる

 という(つまり畑用に使える土が出る)という、今の私にとってあまりに出来すぎた

 話はそうそう起こることではないからです。

(※畑用の土は、まともに買うと一昔前と違い、今は運送費も含め非常に高価なのですが、

 同じ土でも工事現場などで偶発的に出た場合は、話は別です)

 
 「その土、絶対にいただく!」と不退転の覚悟で、何度も、工事現場に足を運びました。

 交渉に交渉を重ね、何度か断られながも、しぶとく粘り、そしてついに、そこそこの金額

 で、 その土を運んでもらうことに成功しました。


  そして、わずか数日にして、突如、石ころだらけの畑の上に「新大陸」【ゆうど有機菜園】

 が誕生したのです。


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2008年04月06日

無垢の木


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 原木を縦に割ると、まず繊細で透き通るように美しい繊維に眼を奪われます。

 同時にフィットンチッド(森の香り)という植物から放出される挿発性のエキスが漂い、

 なんともいえない清涼感に包まれます。


  木の色は外側は透明感のある乳白色で、中心に近づくにつれ、色は次第に濃くなり、

 繊維はゆるやかな波線曲線を描きながら、茶や褐色の色を帯びて、渋味のある色合い

 を形成します。

  今、わたしたちの日常に無垢の原木は、ほとんど存在しません。

 集成材という、木片を大量の接着剤という名の化学物質で作り上げた、外観

 だけは木と同様なものが、日本中のあらゆる建築物に使われているからです。

 しかしそれは、「樹木」ではありません。

  それだけに無垢の木に触れることができるこの一時は、いつも特別なことに

 感じます。

 


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  割った木は、薪小屋で寝かせ、一年間乾燥させて来年の冬用の薪となります。

 不揃いな木の形が、寸分の狂いもない均質な大量生産品を見慣れた私の目には、

 とても新鮮に映ります。

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2008年04月04日

薪ストーブ


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  樫(カシ)の木の原木、約10トン。薪にするには最高の素材です。

  田舎暮らしの醍醐味のひとつに「薪ストーブ」があります。私と薪ストーブとの

 出会いは、今から18年前、ノルウェーの農家に4か月ほど住み込みで働いていた頃、

 北欧の火のある生活を体験したことに始まります。

  焚き火を眺めながら、夜が更けるまで話が尽きなかった経験はきっと多くの人が

 体験していると思いますが、火は精神鎮静作用があるといわれています。

  また、燃える木の香りや色、焚き木の音も味わい深く、家全体を暖める合理性など

 薪ストーブはとても奥の深い生活文化です。


  しかし、問題もあります。言うまでもなく諸費用・・です。

  薪ストーブ本体は大体30万円?エントツもほぼ同額、加えて工事費、これだけでも

 約70万円。そして、毎年消費するの大量の「薪」の確保は、冬の最大の関心事と

 なります。

  私にとって薪ストーブは、タイヘンな贅沢品といえます。

   

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 いかに灯油が高いといっても、薪の実質的原価はおそらく灯油の数倍はするでしょう。

 木を確保する、切る、乾燥させる、チェーンソーや、斧、薪割り機などの道具等々・・を

 数字に置き換えると、逆に石油ストーブや暖房器具の経済性、利便性

 を見直してしまいます。


  しかし、それを分かっていても、薪ストーブは私を魅了します。

  薪を探す、運ぶ、作る、そして燃やす。これらすべてはとても楽しく、心地よく、

 気持ちのいい、時に危険で、適度に困難で、適度の疲労感を味わえ、少々の知恵

 を使い、工夫と妥協を要求する、いわば大人の泥んこ遊びのような開放感、感覚を

 与えてくれるのです。

  あらゆるものがスイッチ一つ、ボタン一つで事足りる便利な文明社会を肯定しな

 がらも、潜在意識の中には、不便を楽しみたい、あるいは子供の頃のように自然と

 戯れたい、という別の欲求が存在している気がします。

 
  薪ストーブも、畑の開墾も、私にとっては心地よい困難なのかもしれません。
  
  今日も束の間の時間を見つけては、薪割りに勤しみました。

  生木に触れると、なぜかホッとします。

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2008年04月02日

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