
樫(カシ)の木の原木、約10トン。薪にするには最高の素材です。
田舎暮らしの醍醐味のひとつに「薪ストーブ」があります。私と薪ストーブとの
出会いは、今から18年前、ノルウェーの農家に4か月ほど住み込みで働いていた頃、
北欧の火のある生活を体験したことに始まります。
焚き火を眺めながら、夜が更けるまで話が尽きなかった経験はきっと多くの人が
体験していると思いますが、火は精神鎮静作用があるといわれています。
また、燃える木の香りや色、焚き木の音も味わい深く、家全体を暖める合理性など
薪ストーブはとても奥の深い生活文化です。
しかし、問題もあります。言うまでもなく諸費用・・です。
薪ストーブ本体は大体30万円〜エントツもほぼ同額、加えて工事費、これだけでも
約70万円。そして、毎年消費するの大量の「薪」の確保は、冬の最大の関心事と
なります。
私にとって薪ストーブは、タイヘンな贅沢品といえます。

いかに灯油が高いといっても、薪の実質的原価はおそらく灯油の数倍はするでしょう。
木を確保する、切る、乾燥させる、チェーンソーや、斧、薪割り機などの道具等々・・を
数字に置き換えると、逆に石油ストーブや暖房器具の経済性、利便性
を見直してしまいます。
しかし、それを分かっていても、薪ストーブは私を魅了します。
薪を探す、運ぶ、作る、そして燃やす。これらすべてはとても楽しく、心地よく、
気持ちのいい、時に危険で、適度に困難で、適度の疲労感を味わえ、少々の知恵
を使い、工夫と妥協を要求する、いわば大人の泥んこ遊びのような開放感、感覚を
与えてくれるのです。
あらゆるものがスイッチ一つ、ボタン一つで事足りる便利な文明社会を肯定しな
がらも、潜在意識の中には、不便を楽しみたい、あるいは子供の頃のように自然と
戯れたい、という別の欲求が存在している気がします。
薪ストーブも、畑の開墾も、私にとっては心地よい困難なのかもしれません。
今日も束の間の時間を見つけては、薪割りに勤しみました。
生木に触れると、なぜかホッとします。