食物と薪

標高700mのこの地では、先日より薪ストーブが試運転を兼ねて
働き始めました。
薪ストーブ・ビギナーの私ですが、悪戦苦闘しながらもやっと扱いに
慣れてきました。

実は、私たちの「食べる」行為と、薪ストーブの「燃焼」は、非常に似通った
目的を持ってます。
それは双方とも「熱」の獲得を目指していることです。

ドイツの化学者リービヒによれば、「人間のからだはストーブであり、食物は肺臓で
内部燃焼を維持するための燃料である」
人間の身体にとって一番大切なことは、体内に生命の熱を保つことです。
薪ストーブに例えると、良い薪(乾燥した堅木)を入れると、少量でも長い時間
ゆっくりと熱を保つことができます。
反対に悪い薪(水気の多い生木)を入れると、燃えにくいばかりかストーブ本体をも
傷めます。
これは全く食べ物と同じで、やはり良い食物はからだを長く守ってくれるし、
その反対も然り、ということでしょう。
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2008年10月31日
高原の風景

山の秋の風景です。

いろんな姿、かたちを見ることができます。

店から1km、とても気持ちのよい1日でした。
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2008年10月21日
バーニャ・カウダ

当店のメニューの第一弾の主菜がバーニャ・カウダに至った経緯について触れます。
もう17年も前のことになりますが、英国に住んでいた頃、仲の良かったイタリア人の
クリスティアーノ(写真は当時)とロンドンに行き、彼に日本食をご馳走しました。
日頃、さんざんイタリア料理の素晴らしさを聞かされていた私は、対抗心からか
日本食を彼に教えるべく、異国にしてはなかなか美味しかったトンカツ屋に招待
することにしました。寿司や天婦羅ではなく、トンカツにしたのは、以前イタリアの
カツレツの自慢を彼がしていたとき、「日本にも似たような料理がある。トンカツという。
しかし、調理法もソースも全く違う」という私の説明に、彼が怪訝な表情をしていた
からです。
私は、純粋な日本食ではなく、日本人の才知ともいえる、世界各国の料理を
和風にアレンジして本家をも驚かせてしまうセンス、これを彼に示したかったのです。
トンカツを食べた彼は「これは意外に美味しい!」と納得した様子でした

半年後、彼の故郷ナポリを訪れとき、「美味いものをご馳走するよ」といって、彼の案内で
リストランテに向かいました。私は「これが本場のピザだ!」という展開なんだろうな、
と勝手に想像したのですが、そこで出てきたのはバーニャ・カウダという料理。
そこで、初めて私はその料理を食べたのです。それは、何ともいえず、美味でした。
当時、野菜があまり好きではなかった私が、ほうばるように野菜を食べたのを記憶
しています。
今、考えればナポリ育ちの彼がなぜ北イタリアの料理をナポリで私にご馳走
してくれたのかは不明ですが、とりあえずこれがカウダとの出会いでした。
月日は流れ、そんなことはとうの昔に忘れていた私ですが、塚原の野菜畑で育つ
野菜と、その野山の風景を見ているうちに、これはなんだかイタリア北部・コモ湖から
スイスのベリンツォーネに向かう風景に似ているな、きっとあの辺りも高原の野菜が
美味いんだろうな、と一人、想像を膨らませました。そこで突然、塚原→北イタリア→
高原野菜→バーニャ・カウダと連想ゲームの如く、頭の中でどんどん発展してしまった
訳です。
そしてそれを日本人のDNAなのか、自分なりにアレンジして、私的カウダにしました。
仕事をする上で、いろんなものや事柄から着想を得ますが、最後に生み出されたもの
と最初に着想を得たものを並べて見ると、全く関連性がなかったり、乖離したもので
あったり、といったことがよくあります。そして、それが大きいものほど自身の中で強く
印象に残っている気がします。
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2008年10月13日
玄米スープ

私は大袈裟に言えば、この一品を出したくて、レストランを出店したような
ものです。
日本には御存知「味噌汁」という素晴らしく滋養の高いスープがあります。
近年は、良い味噌が少なくなり、出汁を摂る手間も時間も費用も惜しむように
なり、大豆は日本大豆ではなく米国産になり、本物の味噌汁とはかけ離れた
ものが多くなりましたが、しかし、本来の味噌汁はスープの傑作だと思います。
しかし、その味噌汁に比類するものとして、私は「玄米スープ」を挙げます。
当店の玄米スープは、地下から汲み上げた水に、合鴨農法の有機玄米、
同じく有機の原木栽培の椎茸、五年完熟梅干し、そして石垣島の塩を
少々入れ、じっくりと煮込みます。滋養に富んだ素材のエキスが水に
溶け出し、スープとなって身体に染み込んでくるのです。
鍋は必ずホウロウを使います。酸に強く、いろんな成分を変質させないからです。
我が家では、子供が熱を出したり、風邪をひいて食欲がないときにこのスープ
を作ります。また、私や妻も疲労が蓄積したときや、具合が悪いときなど、
このスープに助けられます。
私はこのスープを飲むとき、日本の食はなんと素晴らしいものかと、感慨深く
ならずにはおれません。
薄味の、仄かに玄米の香りと昆布の旨みの利いた滋味あふれる一品なのです。
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2008年10月10日