
当店のメニューの第一弾の主菜がバーニャ・カウダに至った経緯について触れます。
もう17年も前のことになりますが、英国に住んでいた頃、仲の良かったイタリア人の
クリスティアーノ(写真は当時)とロンドンに行き、彼に日本食をご馳走しました。
日頃、さんざんイタリア料理の素晴らしさを聞かされていた私は、対抗心からか
日本食を彼に教えるべく、異国にしてはなかなか美味しかったトンカツ屋に招待
することにしました。寿司や天婦羅ではなく、トンカツにしたのは、以前イタリアの
カツレツの自慢を彼がしていたとき、「日本にも似たような料理がある。トンカツという。
しかし、調理法もソースも全く違う」という私の説明に、彼が怪訝な表情をしていた
からです。
私は、純粋な日本食ではなく、日本人の才知ともいえる、世界各国の料理を
和風にアレンジして本家をも驚かせてしまうセンス、これを彼に示したかったのです。
トンカツを食べた彼は「これは意外に美味しい!」と納得した様子でした

半年後、彼の故郷ナポリを訪れとき、「美味いものをご馳走するよ」といって、彼の案内で
リストランテに向かいました。私は「これが本場のピザだ!」という展開なんだろうな、
と勝手に想像したのですが、そこで出てきたのはバーニャ・カウダという料理。
そこで、初めて私はその料理を食べたのです。それは、何ともいえず、美味でした。
当時、野菜があまり好きではなかった私が、ほうばるように野菜を食べたのを記憶
しています。
今、考えればナポリ育ちの彼がなぜ北イタリアの料理をナポリで私にご馳走
してくれたのかは不明ですが、とりあえずこれがカウダとの出会いでした。
月日は流れ、そんなことはとうの昔に忘れていた私ですが、塚原の野菜畑で育つ
野菜と、その野山の風景を見ているうちに、これはなんだかイタリア北部・コモ湖から
スイスのベリンツォーネに向かう風景に似ているな、きっとあの辺りも高原の野菜が
美味いんだろうな、と一人、想像を膨らませました。そこで突然、塚原→北イタリア→
高原野菜→バーニャ・カウダと連想ゲームの如く、頭の中でどんどん発展してしまった
訳です。
そしてそれを日本人のDNAなのか、自分なりにアレンジして、私的カウダにしました。
仕事をする上で、いろんなものや事柄から着想を得ますが、最後に生み出されたもの
と最初に着想を得たものを並べて見ると、全く関連性がなかったり、乖離したもので
あったり、といったことがよくあります。そして、それが大きいものほど自身の中で強く
印象に残っている気がします。